紅双華妖眸奇譚 (お侍 習作89)

       〜 お侍extra  千紫万紅 柳緑花紅より
 


          




 その一座は、東の辺境、東野辺の街道筋では結構な人気で評判の、芸人集団なのだそうで。芝居や踊りのみならず、軽業や居合い抜き、道化の見世物に的当てと、演目を色々取り揃えた大所帯の旅芸人たちの集まりであり。堅い約定あっての一致団結という形にて、行動を共にしている訳でもないので、その時々で頭数が増えたり減ったりもするとはいうが。モラルというより義理と矜持で、芸人なりの仁義は通すという一流どころの顔触ればかり。よって、それなりの統率も、自然と取れてもいるのだとか。

 『言ってみりゃ、大きな家族みたいなもんでさぁね。』

 娘手踊りの座長で、全体をまとめてもいる、お妙といういい年増の女傑が豪快に笑って言っていたその通り。座員同士も仲がよく、互いの面倒もよく見るし。下の者は上の者の言うことへ、たまには膨れることもありながら、それでも素直に従っており。上の者は下の者らの至らなさへ、三度に一度は苦笑で流してやってもおりと。そんな絶妙な呼吸があるところは、正しく親子兄弟、家族のような形で統率が取れている一団で。そんな彼らへ、こちらのお二人、褐白金紅という通り名で、一部公安系にて有名になりつつあるお侍様が縁を結んだのもまた、事情ありらしき襲撃を彼らが受けていた、そんな修羅場の只中でのこと。



 「さぁさ、お仲間が怪我を負わぬうち、出て来ませい、左馬之介
(サマノスケ)殿。」

 それでなくとも…大した備えもなければ本格的な武装の心得なぞもなかろう、しかも次の宿場へ移動中の一団へ。大太刀抜いての取り囲み、小柄な道化師や老弁士、軽業芝居の娘らが多数、怯えすくんでの身を寄せ合うのへ。場慣れしたならず者らが十人ほどでの、さあさあと脅しをかけていたそんな場へ、

 「…っ! どあっっ!」

 小道の片側、衝立のように居並んでいた松の並木を横ざまから蹴たぐって、大振りの何かしら、鋼筒
(ヤカン)とかいう武装に乗った野伏せり崩れが、とんでもない速さですっ飛んで来たのへ、数人ほどが一遍に、横薙ぎに蹴り倒されたこちらの賊の一味の者ら。どんな乱入ですかいと、
「な、なんなんだ、お前さんはよっ!」
 かつては“野伏せり”と呼ばれてた、そりゃあおっかない武装をした相手だったのでと。無体をされたにもかかわらず、頭っからの怒鳴りつけにも遠慮が挟まった、こちらは生身の無頼の者らが。そのヤカンが翔って来た後ろを自分たちでも望んで見れば、

 「…。」

 こちらさんは打って変わって、それはそれは静かなご入来。光の加減で網膜へ躍った幻のような何かが…目にも止まらぬ速さでやって来ての高々と。陽光を遮った逆シルエットとなって頭上へ確かに跳んだのを。目のいい反射のいい、若いクチらが何とか視線で追った先から降って来たのが。金色の綿毛のような髪を頭上に戴いての煌かせ、真っ赤な衣紋の長い裳裾を、大きな軍旗のように風をはらませての、大きくばっさとはためかせ。随分と高いところからの来襲だったからこそ長く思えた滞空時間が、却って相手へ逃れられはしないのだという畏怖の念を刻み込む、そんな心理作戦まで背負っての登場を成したは、

 「…キャッvv 何なにあのお兄さんvv」
 「あたしらの窮地を見かねて来てくれたのかしらvv」

 それは違うだろうの乱入者、久蔵殿へ二十金、オッズが倍なのでドンと四十金…と、思わず、懐かしの「クイズダー○ー」を持って来てしまいましたが。
(苦笑) 娘さんたちが ついつい場合を忘れて華やいだ声を上げてしまったほど、鞭のごとくに引き絞られた肢体に、鋭く冴えて整った顔容もきりりと凛々しいところの、麗しくもうら若きお侍様。それが…体の前にて交差させた腕の先、真白き双手のそれぞれへ、握った双刀勇ましく。眉ひとつ震わせずの平然と、降り落ちて来たのへと、

 【ひっ、ひえぇえ〜〜〜っ!】

 こちらさんだっていかにも威嚇的な巨大なドラム缶のような躯を、だのに、恐慌状態に襲われたままで躍起になっての振り回し。ついでにその手へ握ったままだった巨大な大太刀も振り回して、ただただ のたうつ鋼筒の暴走を見せたものだから、
「こ、これは堪らねぇ。一旦引くぞ。」
 最初から居た ならず者らが頭を抱えて逃げを打ち、そやつらが退いたことで無防備にもその身を凶刃の前へと晒すこととなってしまい、
「きゃあっ。」
「斬られるっ!」
 居合わせた一座の者らが巻き込まれかけたのへは、

  ―― 哈っ!

 こちらもまた、乱心者を追って来たのだろう。いかにも落ち着いた年頃の練達、なのに、その鋭くも切れのいい動作になびくほど、豊かな長さの蓬髪が、何とも野趣あふれて雄々しい印象の。そんな壮年の侍が、双方の狭間へ割り込むように現れて。凶悪な唸りを帯びての振り下ろされた、彼の上背と同じほどの丈があった大鉞
(おおまさかり)のような大太刀を、横薙ぎ一閃、払い飛ばしてしまった腕っ節の恐ろしさ。その反動で後ろざまへ大きくのけ反った巨躯へは、

 「…っ。」

 最初の追っ手、紅衣の若侍様が、柳のようにしなやかな身と腕とを反らしての、大きく振りかぶって待っており。スパッと、心地いいくらいに切れ味よくも、鉄鋼の身を胴斬りにしてしまった手際のよさよ。断末魔の悲鳴もいがらっぽく、草深い茂みの奥へと転がっていったのを一応は追っかけて行った、こちらは結局、最初から最後まで気合いひとつ唸らなかった金髪のお侍様にそちらは任せたか。得物の大刀を腰の鞘へと収めつつ、

 「済まなんだの、怖い想いをさせてしまった。」
 「あ、いいえいいえ。」

 自分たちの持ち込んだ騒ぎ、さぞかし怖かっただろうと詫びを告げられたのへのお返し。こちらこそ大きに助かりましたと、恰幅のいい女座長が丁寧に頭を下げてのお礼を言ったので。はてと小首を傾げてしまったのが、島田勘兵衛という壮年の君ならば、
「…おお、どうであった?」
 視野の中へと戻って来た赤い影へ声をかける。手ぶらで戻って来たということは、見張っていずとも逃げぬということ。報告が一々なくともそんな呼吸が出来上がっているほどに、日頃からそれは寡黙な君のほうは久蔵というお名前だと、改めてのご紹介があったのは。とりあえずどこか開けたところで落ち着きましょうと、場を移ってからのことだったが。
「…うむ。そこから真っ直ぐ西へ向かった松並木だ。」
 懐ろから取り出した電信の小箱にて、少し離れた…当初はそこでの“野伏せり成敗”をこなしていた現場へ、事後処理のために集結しつつあった州廻りの役人へと、勘兵衛殿が連絡をつけていると、

 「…。」
 「…なんだ。」

 背に大きめの鞘を負うていても、気配を拾うに遜色はなしということか。こそり、背後から近づきつつあった存在へ、少々尊大に聞こえなくもない低い声をかけた久蔵であり、
「あ、いえ。あの…。」
 気づかれたことへか鼻白むと慌てて顔を伏せ、そそくさと皆のいる集まりへと混ざりに行ってしまった小柄な誰か。あの騒ぎの間中、どこか離れたところにいたのが戻って来たものと思われて。体格が似通った娘らが多数揃っている手踊り一座の者にしては、一人だけ妙に地味で粗末な身なりをしており。だが、皆からすぐにも取り囲まれて迎えられた様子は、嫌われの疎まれのとしている身ではなさそうで。
「…島田。」
「? どうした?」
 違和感を覚えたらしい久蔵の声へ、彼の見やった先へ視線を投げれば、確かに…彼らの物差しを持ってくれば、一人だけ浮いて見える人物が勘兵衛にもそれと判るらしい。頭の後ろに高々と結われた黒髪がつややかに揺れて、だが、お顔はうつむけての隠し通している、小柄な若いの。そんな二人の様子に気づき、
「お気づきになられましたか。」
 先んじて、座長がそんな言いようをし、
「うむ。…武家の子息とお見受けしたが。」
 足さばきや所作に武道の匂いがあるとか、格式ばった立ち居振る舞いをしている様子はさほどにはないながら、それでもどこかに折り目正しい気配、気品のようなものが隠し切れずに匂う青年であり。旅芸人の中に身を置く現状、凋落してのこととても特に珍しい例でなし、それ以上の詮索もなかろうと、固執することもなかった彼らへと、

 「あの子がそちら様へ失礼を働きかけたのは恐らく、
  お武家様のお眸が気になってしまったからでしょう。」

 座長がそんな一言を付け足した。
「眸が?」
 言われて視線をやった勘兵衛だったが、洗いざらした手ぬぐいで頬かむりをしているその上、妙にうつむいてもいる彼だったので、遠のいた此処からは判りにくいこと。だが、

 「俺と同じ、赤い眸だった。」
 「…ほぉ。」

 ざっとした瞬視でそこまで拾えていた観察力もまた、侍には必須のものなのか。事もなげに伝えた久蔵は、だが、逸らしかけたその視線をとある男へと向けると、そのまま腕まで伸ばして見せて、

 「五郎兵衛。」
 「? 久蔵?」

 相変わらずに言葉の足りぬ青年であり、しかもしかも、見ず知らずのこちら様の座員の男衆への、衒いのない指差しという無礼を働くところが…子供じみていると言や聞こえはいいが、いくらこちらが侍でも やっていいことではあるまいて。
「これ、そのような無礼を…。」
 窘めかけた勘兵衛より先に、指差された男のほうで気づいたらしく。しかも、
「ゴロベエ…と申されたが、それは。」
 そうと応じつつ、大きくはだけられた道着の前合わせから覗く雄々しい胸板に、鎖で下がった首飾りをつまみ上げて見せ、
「これを見て思いなさったことですかい?」
 そうと訊く。まるで三日月を半ばですぱりと切ったような形の、何か大型獣の牙であるらしく。大人の親指と同じほどの大きさがどれほどの巨躯だったかを、そして、ほんのりと琥珀に染まってのつやがかかったところが、作り物ではないことを示唆してもいて。ああそういえば、あのような飾りを、あの壮年殿は耳飾りにしてはおらなんだか。
「…。(頷)」
 久蔵が単的に頷いて是と応ずれば、男はゴツゴツといかめしいお顔をゆるやかに破顔させ、
「お懐かしいお名前だ。もしやして片山五郎兵衛殿とお知り合いのお方々ですかな?」
 力自慢の芸を担当してなさるのか、短髪頭に猪首がいや映える、それは屈強な壁のように分厚く盛り上がった筋骨を揺するようにして、かっかっかっと雄々しく笑った彼は、
「この一座で随一の力持ち、雷王山と申します。」
 やはり角力のような名を名乗り、提げ緒代わりの飾り鎖の先、付け根に金具を嵌められた牙を、掬い上げた大きな手のひらの中に見下ろすと、
「これはかつての従軍時代、兵舎に迷い込んだオオキバヒグマを片山殿と二人掛かりで打ち倒したおり、上顎に一対揃うた この鑿
(ノミ)のような牙を、それぞれ勲章代わりに戴いたもの。」
 当時はまだ候補生の身だったゆえ、どんな武勲よりも先んじての最初に戴いたのがこれだということで。妙に手放せぬまま、こうしていまだに持ち歩いておるのですがと紡いでのそれから、
「そちら様のようなお若い方との縁
(よしみ)を結んでおいでとなれば、つい最近にお逢いなされたということでしょうな。」
 そんな“年若い相手”への丁寧な言葉遣いは、芸人稼業で染みついたものだろか。だとすれば相当な昔に、軍人であった証、侍の肩書は捨てた彼なのだろうことが偲ばれる。だからこそ余計に、長らく逢う機会がないままなのだろう戦友のこと、遠慮がちに息災でしょうかと暗に訊いている彼なのだろに、
「ああ。」
 あまりにそっけない応じを冷然と返すだけの久蔵を見かねて、
「それぞれの旅の空に別れたが、今でも連絡を取り合うておる。無論のこと、息災だ。」
 勘兵衛が味のあるお声でそうと付け足したのへ、やっとのこと胸を撫で降したようなお顔を見せた角力殿。そんな彼らの会話を聞いていて、
「…。」
 何事か案じておいでの様子だった座がしら殿。想いを定めたか、顔を上げると、
「こんな形で、しかもこちらから言い出すのは、不躾けもはなはだしいことではありますが。」
 言いにくいことなのか、妙に堅苦しくも回りくどい言い回しを選んでのそれから、

  「お二人に折り入って聞いていただきたいことがあるのです。」

 貫禄があると言うと女性には失礼かもしれないが、こちらさんもなかなかの幅をした肩を窮屈そうにすぼめての頭を下げ、そんな風に切り出した座がしらさんだったのへ、
「?」
「…判り申した。」
 まだどこか深読みは苦手な久蔵に苦笑をしつつ、何やら曰くがありそうだと拾い上げた勘兵衛殿、いつぞやは頼まれごとなぞへ関わり持たぬが習いであったのが嘘のように、それは気さくにもすんなりと、承知と頷いて見せたのだった。





 この街道筋の宿場街を転々と、定期的に回っては見世物や芝居を披露し興行している、結構有名な旅の一座だということを、まずはご紹介頂いて。
「お茶、どうぞ。」
「…。」
 彼らには馴染みの街道だから、そこにあることを知っていたのだろう。かろうじて下生えの芝草が残るちょっとした広場まで、大人数を引き連れての移動をしたご一行。踊り手の一人だろう、花柄木綿の衣紋に赤だすきといういで立ちをした、妙齢のお嬢さんからおずおずと。粗末な盆に乗せた湯飲みを差し出され。それを手に取った久蔵が、忝ないと目礼を返せば、
「〜〜〜。////////
 渡した娘が声もなくの真っ赤になったのと引き換えに、遠のいたところから声なき嬌声がきゃあぁぁvvと上がって、休憩の場が何とはなく華やいだ。結構物騒だった幕あいから、まださして刻は経っていないはずなのに、この浮き立ちよう。こういうところは町娘などとは気性の野太さが違うということだろか。
「…。」
 そういうことへは関心の向かぬ赤侍。まだちょっと熱い湯呑みを手の中に持て余しつつ、視線を元から据えていた方向へと戻せば。丁度手頃な床几の代わり、年期の入った切り株に、白い衣紋の長い裳裾を広げるようにしての腰掛けて。少々難しいお顔になった壮年殿が、こちらは倒木だろう丸太へ腰を落ち着けた、お妙と名乗った座がしらと向かい合っていて、

 「あの若衆を目当ての追っ手、とな。」
 「はい。」

 人払いをした上での、あまり声は立てぬよう。彼らが俎上に載せていたのが、先程の少々こちらの一座からは浮いて見えた人物の話。袴も履かずの娘装束でいたものが、さして違和感は立てていなかった小柄の痩躯。とはいえ やはり、あの人物は男性であったらしく、その上、
「3つほど溯った宿場をご領地にしておいでだったとあるお武家様の忘れ形見で、シズル様。素性を隠していなさる間は、左馬之介
(サマノスケ)様とお呼びしておりますが。」
 深夜に見舞われた急な失火でご両親とご実家を失われ、母方の実家のある宿までを彼らが送り届けることとなったのは、彼が幼いころからその身を預けられ、修養に励んでいた寺の住職から頼まれてのことだそうで。
「あの若いのが次の領主として名乗りを上げぬのか?」
 誰ぞまだ“上”の存在があっての拝領地だというのなら尚更に、屋敷を建て直しての名跡を継ぎましたと報告すればいいだけのことではないかと思ったものの、そうと尋常に運んでいれば彼は最初から此処にいないのだろうし、追っ手がかかるという穏やかではない事情持ちにもなってはおるまい。そうであるとなぞるよに、お妙はゆるゆるとかぶりを振ると、
「ある意味ではご拝領、これから向かいます先こそが主家にあたる、つまりは分家だったので。後見を立てての若様があらためて向こうの家長となるか、はたまた、本家の子息が入れ替わりで治めることとなりますか。」
 そこいらの算段やお家の事情は私どもにも判りませぬと、やんわり微笑って、さてそれから。
「ただ。亡くなられたご両親から、何かあったら東雲の本家へ向かえと、これは住職へも重々言い置かれてあったことであるらしく。そもそもその寺の檀家筆頭というお立場にあられたお家だったこともあり、これは是が非でも遂行しなければならぬとされた段取りなのだそうで。」
 とはいえ、そんな手配をいざ執行しようにも、肝心な若様は…年若いというだけではなくの、どこか線の細い風情をなさった頼りなげなお方。とてもではないが一人旅などさせられましょうかと、急逝なされた領主様をやはり慕っていた里の誰もが危ぶんでおったので、
「ならば、向かう先の同じ我らがお預かり致しましょうと。」
 座がしらの親の代からお世話になっている義理もあってのこと。こんな田舎の街道、しかも何年も往復を続ける彼らだからこそ土地の利もあれば、あの大戦があった頃も含めてのこっち、大きな騒ぎは起きたためしがないのも重々承知と来て。大人数で囲んでゆけば大事はなかろと、お妙が胸を大きく叩いての、引き受けたのが半月ほど前。
「興行はお休みにしての、ただただ東雲の郷までを進んでおりましたのですが。」
 荷も多く、娘らも多いという陣容だが、それこそ旅には慣れている。街道筋の宿場を辿った真っ当な道行きとはいえ、途中に大きな森があるので、そこで野宿となったりしもっての旅だろうとは、同じ旅程を丁度彼らを後方から追う格好で辿って来た勘兵衛にもよくよく理解出来はしたが、それでも…半月はかかり過ぎではなかろうか。足やすめにと各所で一泊ずつを消化したとしても、十日もあれば既に到着しているはず。それが叶っていないということは、
「…行く手を遮るような追っ手がかかったと?」
「ええ。」
 ご本家までのちょっとした旅…になるはずが、覚えのない気配に常に見張られ、最初は普通に武家の子息か寺小姓風の姿、羽織に袴ばきという恰好でいた“左馬之介”へと、妙な言い掛かりをつけたり腕ねじ上げての連れ去ろうとする輩が現れて。
「ご覧のとおり、大人しやかな若です。それでなくとも皆の輪の中にいるのですから、よそ様への粗相など、しようにもまずは手が届くはずもなし、視線だって合わぬはず。」
 先程は、一応の用心があった久蔵へ無造作に近づいたというような切っ掛けがあったからこそ彼らの眸にも留まったが、きゃらきゃらとお元気に笑う娘たちの中にあって、探さねば判らぬほど大人しい存在。
“それをわざわざ探し出しての、目串を差して…連れ去ろうと構えた、か。”
 何ともまあ、捻りもなくの判りやすい追っ手であることかと。話だけを聞く限りでは呆れるばかりの仕儀ではあるが、これだけの所帯を相手に幾度もハイエナのように付きまとうとは、
「よほどの理由なり事情なりがあってのこと、とみたが。」
 話を聞くだけでもそこいらがあっさり透かし見える、何とも無様な追跡だが。実際に受ける身にはうす気味が悪いに違いなく。
「今日なぞ、とうとう我らを取り囲んでの名指しの脅迫。心優しい若様には、どれほどのこと心痛深きことであられたか。」
 そこへと横薙ぎに、追っていた鋼筒ごと乱入して来た久蔵殿だったという訳で、

 “そうかそれで、先程は礼を言われたのか。”

 そこの赤い剣豪。今頃気づいての納得して、ぽんと手を打たない。
(苦笑)

 「…成程、事情は相判った。」

 まだ少々、そのシズル様とやらの背景などが不鮮明なままではあったが、そんなところまで根掘り葉掘り訊いても詮無いと判断された壮年だったか、
「どうで、我らも同じ方向へと向かう身。たまさかの偶然、歩調が合うたようなもの。」
「…では?」
 こちらからは言い出せぬ、危険で図々しいお願いを、先読みしてくださったのかとお顔を上げた座がしらへ。
「ああ。我らでよければ、東雲までを同行致そう。」
 事もなげに応じて下さったものだから、
「ありがとうございますっ。」
 腕の程なら、先程拝見したばかり。しかも州廻りのお役人との伝手がある、怪しからざる人性であろうと彼らを見込んでのこと。とはいえ、こちらの事情ばかりを押しつけるようなお願いごとでもあり、難儀を背負うは面倒と、敬遠されるばかりでなく、いやしくも侍に向かって芸人ごときがそのような無礼をと、激しく叱責されてもしようがない言いようであったのに。目許を和やかに細めての、二つ返事でお受け下さった寛容さ。失礼ながらその装束から、野に長くおいでのお武家様とお見受けしたが、それでも…先程の修羅場での鋭い体さばきを保っておられるだけの、威容というもの鈍らせぬ心掛けといい、
“何と素晴らしい御仁と行き会わせたことか。”
 これも芸事の神、旅の神のお引き合わせ、心の中にて手を合わせたお妙殿へ、

 「何だったら、若君を我らが預かって、残りの数里を進んでもよいのだが?」

 非力な娘らにこれ以上の危害が加えられては大変であろうと、勘兵衛がそんな付け足しを告げたところが。ふと、此処で初めて表情を揺らがせた座がしら殿。
「…どうされた。」
「いえ。」
「いくら何でもそこまでは、初見の相手へ信用も置けぬかの?」
 なに、そのくらい慎重な方が良ろしいとばかり、善哉と笑った勘兵衛へ、
「…。」
 疚しいところを突かれてというよりも、想いもよらない虚を突かれたというお顔がますますのこと動揺する。そうだそういう方策もあったんだと思いつつ、されど…戸惑いに心が揺れておられるご様子であり。そんな彼女の後方から、

  「おかしらは、左馬之介様をそれはそれは愛おしんでおられるのですよ。」

 そんな声が不意に立った。おやと驚いたのはお妙のみで、
「…。」
「久蔵、気配なしへの反応か?」
 人払いを徹底する役だったから、その感応に“気配のない存在”が引っ掛かってのことだろう。それこそこちらさんもまた気配なく立って来た自分の連れへと、苦笑混じりに声をかけた壮年殿の背後側。街道と此処を隔てる衝立のようになっていた木立の足元を埋めていた茂みから、ごそりと顔を出したのは。先程、五郎兵衛との縁を語ってくれた雷王山殿だったりし。芸人でございと振る舞うのが板についているように見せて、丸きりの気配なしが見事すぎて却って久蔵を引き招いてしまったほど、軍人だった頃に磨いた侍の技、まだまだ錆びさせずにお持ちのご様子。そんな彼が言うことには、
「座がしらだけじゃあない。我ら一同、実を言えばシズルさ…左馬之介様のご実家の方々にはよくして頂いたもんでして。」
 物がなくなれば真っ先に疑われてしまうほど、卑しい身の芸人よと蔑まれて当然の身分だってのに。あちらの里へとお邪魔をすれば、必ずご使者がお越しになり。宿や食べ物着物に不足不自由はないか、病人はいないかをお尋ねになったり、手が空きそうなら屋敷の方へも訪のうて、出歩けぬ奉公人たちへ見事な芸を見せてやってはくれぬかと、気安いお声を掛けて下すったり。踊り子衆の娘らを、嫁にと見初めた家人がいなさるなんていう、勿体ないお話を持って来て下さりもしたりと、そりゃあもう手を尽くして頂いて。
「だからこそ、我らが戻り掛けてたすんでの直前に、ご実家が焼かれのご子息が親御を亡くされのした こたびの一件。おかしらにすりゃあ、何とも歯痒く、口惜しくってしょうがないんでさ。」
「…よしな、雷の字。」
 そんな話を今更言っても始まらないと、自分よりも二回りは大柄な男衆を窘めた座がしらのお妙殿。面映ゆげなお顔になると、

 「なに、最後までを見届けたいだけですのさ。」

 それこそ、芸人風情がお屋敷までついてけるもんじゃあないのでしょうけれどと、寂しそうに付け足して。住職様から…そしてご領主夫妻から、きっと無事にお届けしますからとお預かりした大事な若様。それでなくとも不安でいなさる彼自身のことも慮ってのこと、どんなに危険であろうとぎりぎり最後までをお供したいと、自然なこととして思っていた彼女であるらしく。

 「正に、お妙殿は左馬之介殿の母御のようだの。」

 興行の世界というもの、よくは知らぬ勘兵衛だったが、それでも女だてらに座長を務めるということは、そりゃあ大変なことに違いなく。ならず者からの横槍にも動じないだけの、気っ風がよくて肝っ玉が太い人性なのだとばかり思いきや、何という慈愛かと感嘆しきり。その口元へ味な苦笑を浮かべての、微笑ましいことよと壮年殿が評したところが、途端に滅相もないと大きく手を振っての否定にかかる。
「とんでもございません。そのような畏れ多いこと、戯言にでも仰せになりますな。」
 罰が当たってしまうと言わんばかりの否定の仕方。
「おやおや、そこまで厭わずとも。」
 今度は角力殿までが囃し立てれば、
「私のような半端な女がそのような。例えでも勿体ないことじゃあありませんか。」
 からかうものじゃあありませんと、やはり必死で打ち消そうとするのへ向けて。それまで余り口を挟まなかった、紅衣のお侍様が言うことにゃ、


  「俺の今現在の母上は、七郎次という“男”だが。」
  「……はい?」


 そうであったのうと、お連れ様が目許にしわを増やされての くすすと笑っておられるが。座がしらと雷王山は、ただただキョトンとするばかり。ツッコミどころ満載のお言いようへ、的確に“おいおい”と突っ込める担当者がいないユニットで、相すみませんです、はい。









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 *そうですか、とうとう母上と公言するほどのものとなさってましたか。(苦笑)
  今頃、シチさんがクシャミしまくっておいでに違いないですね。

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